Other Fish

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6月の中途半端な暑さが嫌で「もう夏だよ」と言い聞かせるようにタンクトップで飛び出してきたから夜が寒くて困っている。

どうせ脱いでしまうのだからとパーカーも持ってこなかったのに、彼は日付が変わっても帰ってこない。

 東向きの古いワンルームは日の射す時間が短くて、夜になるとことさら冷たい。まるでここにいると楽しい時間は少ししかないんだよ、と言われているようで、一見いかついのに笑顔が少年みたいだからという理由で彼を選んだことを少し後悔してしまう。

6畳1間の部屋にはソファもテーブルもなく、直置きのマットレスと並行して置かれた1.5メートルもある水槽が、ただでさえ狭いフローリングの部屋をいっそう窮屈にしていた。

水槽の中には大きなアロワナが1匹、青いライトに照らされて同じ方向を向いたまま写真のように静止している。マットの上で膝を抱えたまま壁の時計をじっと眺めている私も、水槽からは写真みたいに見えるのだろうか。

時計の針が動く音、水槽のフィルターを通る水の音。静かな部屋ではどちらの音も増幅されて、まるで限られた時間だけ自分も魚になって、水槽の中にいるような気にさせる。

私が会いに来た彼も、もしかして魚になってしまったのだろうか。

「ユウスケ」

水槽に向かって、小さな声で呼び掛けてみる。私が好きなあの少年のような笑顔が見られなくても、彼がここにいないと思うよりはずっといい。このまま私も、あなたと一緒に。

タンクトップと脚に貼り付いたようなデニムを脱いで、私はマットレスにそっと横たわる。頭の向きを一緒にしなくちゃと考えていたとき、カチリと玄関の鍵を開ける音がした。

「ただいま。あれ、カナじゃん。どうした?」

ああ、やっと会えた。私がずっと見たかったユウスケの顔だ。でもこんな風に下から見上げていると顎の無精髭と長いまつ毛が強調されて、少し違う人みたいに見える。

「黙ってちゃわかんないよ。何サプライズ?」

服を着ていない理由をうまく説明できなくて、私は両手を伸ばしてひらひらと手招きをする。

「遅くなってごめん。でもそうしてると、まるで魚みたいだ」

ユウスケは泳ぐように近づいてきてマットの端に腰かけ、水槽のライトで青く染まった私の腕をそっと掴んだ。雨でも降っていたのか、彼の手は少し濡れている。手だけじゃない。腕も、髪も、肩も全部、たった今水から上がってきたみたいに。

「寂しかった?」

ううん、寂しくなかったよ。だってずっと一緒にいたから。

言葉にしたいのに息が苦しくて、私は静かに頷いた。

今夜は水槽の中で、魚になった彼に抱かれよう。暖かな鱗をくっつけ合って、雨も汗も涙も全部青く染めてしまおう。

6月の生温い空気のような水の中で、時計の針がゆったりと怠惰な音を響かせているうちに。